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BACK NUMBER   この記事は2003年夏に掲載されたものです。

「夫婦で卓袱台(ちゃぶだい)」「新米パパ・ママの木馬づくり」「お父さんの食卓づくり体験」……。
 長野県学習旅行誘致推進協議会の事務局長・宮田弘康が考えていたのは、学習旅行の誘致だけではなかった。
 「夫婦で卓袱台」とは、同県楢川村特産の漆塗りを施す本格的な卓袱台を、熟年夫婦に都合6回同村に通わせ、約6〜10カ月間で完成させる6泊付き25万円の企画。参加申込み前には、かぶれやすい体質かどうかが確認できるパッチテストを行い、宿泊には毎回同じ宿を利用してオーナーとの交流を深めてもらう。作業の合間には山菜取りなども楽しめるこの企画は来年5月からスタートする。
 「新米パパ・ママの木馬づくり」は、これから生まれる子どものために、日帰りで木曽福島町、または朝日村のいずれかで木馬づくりに挑戦するプログラム。今年10月からの実施で、参加費は約2万5千円。「お父さんの食卓づくり体験」は前述2町村で、テーブルと椅子2脚を、嫁入り前の娘を持つ父親に1泊2日約5〜7万円程度でつくらせる企画である。
 テーブルの裏側には、「娘を大事にせい、と婿殿に向けた一筆を書いてもらう」と宮田。「子どもができたら、今度はその夫婦に子ども用の椅子をつくりに来てもらうのです」。
 それぞれの木工体験の設計図は、県内の工業高校生から募集し、田中康夫知事が表彰した優秀作品から選ばせるという心憎い演出も用意している。
 「長野ファン」を長い目で育てながら地元の活性化を進め、県内の子どもたちのやる気をも引き出す──。そんなアイデアマンが、低迷する長野県の学習旅行誘致に歯止めをかけようとしていた。




 長野県が迎え入れる学習旅行(中・高校)は、1989(平成元)年をピークに、2000年まで下落し続けた。バブル崩壊による景気減速だけでなく、89年から各地で始まった「修学旅行の航空機利用の解禁」が大きい。それまで飛行機での修学旅行は危険だとして、市町村の教育委員会が利用に待ったをかけていたが、その年から徐々に飛行機利用を認可するようになったのである。
 長野を訪れる学習旅行はそれまで約8割がスキー体験であったが、この解禁で、関西や九州から電車を乗り継いでわざわざ長野を目指す理由がなくなった。飛行機を使えば、一気に北海道に行けてしまうのである。
 これに追い打ちをかけたのが98年の長野オリンピックだ。会場となった白馬、志賀ではその年スキー学習旅行を受け入れることができず、例年長野を利用していた学校の一部は、翌年以降も来なかった。
 危機感を抱いた県は、県観光課と観光協会、長野県ホテル旅館生活衛生同業者組合、JATA(日本旅行業協会)長野支部が発起人となって、2000年3月25日「長野県学習旅行推進協議会」を設立した。県、市町村、及び学習旅行の受け入れに関係する民間団体が、相互の連絡と協調を図りながら県内に学習旅行を積極的に誘致することを目的とする団体である。このような団体は、市町村の連合体としては全国にいくつかあるが、県という単位では長野が初めてである。
 「長野には120市町村がありますが、県の商工部や観光課の事業として行うと、受入施設を持たない市町村に対しても平等に扱わないといけなくなる。協議会をつくることによって、やる気のあるところにだけ自主的に手を挙げてもらったほうがフェアである、と考えたのです」(宮田)。
 21市町村と400強の受入団体・施設が協議会に参加。その協議会では積極的な誘致活動をはじめ、学習旅行に関する情報の収集・提供活動や、受入機関の資質向上、魅力ある体験メニューの開発のための講習会・研修会などを次々と実施。その効果はわずか1年で見えてきた。




「たとえばスキー修学旅行は、シュテムクリスチャニアをひとつの到達点としていますから、スキーができない子には2日でも3日でも、1日中ボーゲンをやらせるというのが普通だった。でも、それをやらされた子が本当にスキーを好きになるかというと、疑問なわけです。登山も同様。頂上を目指すのがふつうですが、大半の子はいやいや登って、疲れたといいながら降りてくる。若いときに登山もスキーも嫌いになれば、自然の中で遊ぶこと自体が嫌いになるかもしれないし、つらい思い出しか残らない長野には、二度と行きたくないと思われるかもしれない」(宮田)。
 では、どうすればよいか? スキー体験も登山体験も、それを実施する学校の教師がその中身を決めることだが、そもそもこれまでは「スキーをする」「登山をする」以外の選択肢をほとんど提示できなかった。
 そこで、こうしたワンパターンの体験学習をうち破る豊富なメニューを開発し、学校側に提案することを宮田らは考えた。
 「スキーのできない子には歩くスキーでのネイチャースキーや、スノーシューを履いて自然探索に出かけるメニューを。一方、できる子にはどんどん上にあげて滑らせたり、ポールを立てて回転の練習をさせたりといったメニューを用意した。登山も単に登らせるのではなく、山の周辺を歩かせるハイキングや、木こり体験などのメニューを加えていったのです」
 もちろん、こうしたアラカルトは学校側の予算の都合上、必ず選択されるとは限らない。そうしたケースでも指導員の質を上げることや、アイデアを付加することで、ひと味違う体験になると考えたのだ。
 たとえば、山登りしているときに、指導員が「これがコマクサですよ」「このチョウチョは、こういうチョウチョですよ」といった何気ないひと言が、子どもたちの記憶に残り、貴重な思い出となる。そのような案内ができるよう、協議会は指導員の強化に取り組み始めたのである。また同じ登山をする場合でも、学校側に事前学習として山道の案内板をつくって持ってきてもらい、それを立てながらの登山と、山を下りながらの自然観察会やゴミ拾いを提案する。「これならいやな登山にも目標ができ、すがすがしい気持ちで山を下りられるかもしれない」
 子どもたちが大人になったとき、自分たちが立てた案内板を見に長野を訪れるような、自分の子どもに「コマクサ」という名前を教えてあげられるような体験を提供することを、目標としているのだ。



 89年には約8割のシェアを占めていたスキー体験学習は、2000年には55%にまで減った。その結果として割合が増えたのがスキーシーズン以外のグリーン期である。 
 グリーン期の代表的な体験学習が農業体験。「昔から田植えだけ、稲刈りだけ、という体験学習があり、どこの県でもやっていた」と宮田。「でもそれは、単に経験しただけのもの。我々は「本物の体験」を志向した」。
 稲作では4つのメニューを考えた。
 1.田耕しから苗代への種まき
 2.苗代から苗をとり、手作業での田植え
 3.稲刈り、はぜ棒組み、はぜかけ
 4.はぜから稲を下ろして脱穀、精米
「これは昭和30〜40年代頃の農家がやっていた稲作です。今、他県で行われている田植えは、機械植え用につくった苗をばらしたものを準備して、わいわい騒ぎながら植えさせているのがほとんど。稲刈りも、刈り終わったらそれでおしまいです。でもこれでは、何を体験したのか分からない。今の子どもたちはごはんを残すことに何の抵抗も感じていませんが、食物の大切さ、物の大切さを知るには、本物の体験が必要だと思うのです。田耕しには鍬を使う。この鍬の使い方には、鍬を持ち上げる高さや角度は何度といった方程式はなく、各自が工夫してその使い方のコツを見つけていくしかない。種まきも、ただ蒔けばいいのではなく、広い面積にどうすれば種を効率よく、均等に蒔くかを試行錯誤しながらやらないといけない。食べ物を得るには、こんな手間がかかることを知ってほしいのです」
 この稲作体験は、ひとつの学校・クラスが田耕しから精米までを行うわけではない。ほとんどの学校は長野に年間1回しか訪れない。だが、ひとつのたんぼを4つの学校で分担することで、学校同士の交流も生まれてきている。研究発表の資料のやりとりが行われたりしているのだ。
「できた米は、それぞれの学校に送ります。そのとき、我々はこれを地域の老人ホームや保育園などに寄付して、そこで生徒が一緒になってご飯をつくって食べませんかという提案もしている」
 子どもたちの体験を、長野での体験だけに終わらせない。子どもたちが住む町の地域交流へと広げることが体験の幅をさらに広げ、生きていくために大切な事柄を、身体を通じた実感や自信として伝えたいと願っているのである。



 宮田は、稲作体験のたんぼは、道路から離れたところを使うよう指導した。心ないドライバーがたんぼにビンなどを投げ込み、子どもたちがケガをしないようにとの配慮だ。スキー場でも今年度の冬から、修学旅行専用ゲレンデを用意することを決めた。一般客と混じっての練習は、思わぬ事故に遭遇する可能性が高くなるからである。
 また昨年からは、体験学習に来た生徒たちの宿とスキー場を結ぶ道路の雪かきを強化した。前年度に実施した修学旅行の添乗員やバスの運転手へのアンケート結果から「雪で移動時間がとられる」ことが分かったからだ。さらに、体験学習を行う団体には、危険な動物や植物、地形、屋外活動での病気やケガについての小冊子をつくらせたりもした。
 自然の中のささいなケガやつまらない時間の浪費で、楽しさを満喫してもらえないような事態を次々とつぶしていく。その徹底さ、細かさには目を見張るものがある。



 長野県学習旅行推進協議会のホームページ、「自然が学び舎 長野学習旅行ナビ」の面倒を見ているのも宮田である。
 中を見ると、農業学習、環境学習、制作体験、スポーツ体験、ボランティア、工芸体験など実にさまざまな体験学習のメニューが網羅されている。しかし、お薦めの体験コースなどはなく、体験学習の写真も掲載されていない極めてそっけない不親切なつくりだ。
 「お薦めのコースも写真もあえて入れない。学校の先生たちに、何を子どもたちに経験させたいかを考えていただきたいからです。先生がこのホームページを子どもたちに見せて一緒に体験学習を考えたいと思った場合も、子どもたちに自分でその体験をイメージしてもらいたいのです」
 ホームページには、体験学習を経験した生徒が感想を書き込める掲示板や写真投稿欄もある。だが、いつまでたっても一件も書き込みがない。見ているものには不安が残る。
「書き込みも写真の投稿も実はいっぱいあるんです。ところが、それらはみんな楽しかったというものばかり。投稿には指導員の実名が書かれるケースがあり、楽しい経験をするには、その指導員でなければダメだというイメージが膨れ上がってしまう。それを避けたい。写真も晴天のスキー場の投稿があったりするわけだけど、長野は1年中晴天ではない。吹雪の中でスキーをする子どもたちがいるわけで、その子たちに配慮したいから載せないんです。本当はこんな投稿欄は削ればいいのだけれど、文句が来たときにこそ掲示板に載せようと思っていて、ずるずると今まで来てしまった」と宮田は笑う。
 


(写真をクリックすると、同ホームページへジャンプ)



 協議会ができた年の2000年度の来校学校数は1712校。それが2001年度には240校余り増えて1954校となった。この240校のうち、2000年の米国同時多発テロの影響で飛行機利用を取りやめ、代替え先として長野を選んだ学校が104校。それでも130校以上が長野の取り組みに何かを感じて、この地での体験学習を選んだのだ。修学旅行は何年も前に行き先が決まっているため、協議会の活動の効果がより具体的に見えるのは数年先になる。
 文部科学省が昨年度(高校は今年度)より本格実施を開始した「総合的な学習の時間」は、学校の授業の中で子どもたちに教科を超えた知識や経験をつませるものだが、これは今後、長野の学習旅行誘致には追い風になる。
 「長野は観光立県。行政がすることは、来た人たちに“楽しい”“また来たい”と言ってもらうために、受入施設や団体にやる気を起こさせる環境整備を行い、ホスピタリティを高める基盤を固めることなんです。行政があぐらをかいていたのでは、誰も動かない、誰も呼べない」。
 今できることは何でもやり、将来に向けての種を蒔き続ける。冒頭で紹介した「夫婦で卓袱台」「新米パパ・ママの木馬づくり」「お父さんの食卓づくり体験」だけでなく、宮田は今、ラグビーグランドの芝を無農薬で育成する芝づくりを行い、安全な運動場をアピールする準備や、夏期のスキー場を愛犬の訓練場として再活用するプログラム、県内キャンプ場での「無洗米」利用を義務付けするための策定などを練っていることを次々と惜しげもなく明かす。
 「他県にまねされてこそ、本物」。──そう自信を持って言える本物の行政マンが長野にいる。

今年の夏、長野県真田町が中心となって実施する「サマーキャンプin信州」は、長野県学習旅行誘致推進協議会の見事な連携によって誕生したプログラムだといってよい。県内の教育委員会、信州大学、観光協会、農協、森林組合等が合同。魅力的なプログラムを実現した。(詳細は写真をクリック)。

長野県学習旅行誘致推進協議会が誕生し、
体験学習の現場ではどのような変化があったか?
「体験学習」とは、そもそもどんな学習か?
「やまぼうし自然学校」代表理事の
毛受俊郎氏のインタビューに続く。

写真:長野県観光協会、長野県学習旅行誘致推進協議会、やまぼうし自然学校


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