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イトヒロの東京不自然図鑑

<月イチ連載>

2003年11月8日up

 新宿から電車で10分。住宅地とはいえ、東京のど真ん中ともいえる世田谷にも自然があります。というより、都会でしか見られないような自然もあるのです。一般常識から言えば不自然とも思える東京の自然最前線を、お散歩がてらご紹介しましょう。

第5回「クマネズミ」 

 線路ぞいの小道を歩いていたら、側溝(ドブ)にチョロチョロッと動く物が見えました。のぞいてみると、乾ききった側溝の中をネズミが走っていきます。なるほど、こういう場所がドブネズミの通り道なのか。冬になって茂みや足もとの草が枯れてしまうと、そんな場所で動き回るネズミの姿はいっそう目につくようになります。
 東京にもネズミはたくさんいます。若者ファッションの発信地である原宿の表参道を歩いていると、ケヤキ並木の植え込みの中から大きなネズミが顔を出したりしてびっくりさせられます。意外にも、都心のビルや駅などには相当の数のネズミが住んでいるのです。
 そういえばずいぶん昔の話になりますが、私が学生時代にアルバイトしていた某駅地下街の立ち食いそば屋さんの厨房にもネズミはよく出没しました。突然ネズミが足元を駆け巡っても、決して声をあげてはいけないというのが飲食店ならではの不文律でしたが、これが辛かった。おまけに、朝一番に厨房に入ると、前日の残ったそば玉のうえにネズミの糞が落ちているのです。以来私は、早朝の立ち食いそばだけは食べないようになりました。
 人間の住居に入り込んできたネズミには3種類あって、まとめてイエネズミと呼ばれています。それがドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミです。ドブネズミは最も大きく、泳ぎが上手で下水道付近の湿った場所を好みます。クマネズミはもともと樹上生活をしていた熱帯のネズミで、木登りや綱渡りが得意。ハツカネズミは体も小さく、穀物倉庫などに住み着いていますが、都会ではあまり見られません。
 さて、一昔前まで東京都心のネズミといえばドブネズミが圧倒的大多数でした。力も強く獰猛なドブネズミは、下水道を拠点に都会の地面と地下を制圧していたのです。
 ところが近年、こんなドブネズミ一党独裁政権に変化があらわれました。ドブネズミの住居に適した土の地面が少なくなり、ビルは高層化し、おまけに徹底した駆除のためにドブネズミは減少。それにかわってクマネズミが都心部に進出してきたのです。
 木登りが苦手なドブネズミは地面に近い場所にしか生活できないのに対し、垂直のパイプを登ったり、空間を立体的に活動するクマネズミは高層ビルの最上階にも適応します。それに、用心深くて頭のいいクマネズミは毒入りのえさも食べないというしたたかさです。こんなクマネズミが今では都会を席巻しているというのです。
 ドブネズミほどパワーはないが、パソコンのケーブルを食いちぎったり、SARSウイルスを媒介する可能性が指摘されたり、クマネズミは新たな問題をかかえて都会に広まりつつあるようです。


イトヒロ:少年時代の穴蝉とり名人にして東南アジアバックパッカー経由、草野球迷三塁手のイラストレーター。著作に「不思議の国の昆虫図鑑」(凱風社)、「草野球超非公式マニュアル」(メタ・ブレーン)、「旅の虫眼鏡」(旅行人)など。雑誌「子供の科学」に「イトヒロのご近所探検隊」連載中。

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◎第1回「タヌキ」◎第2回「アブラゼミ」◎第3回「スズメバチ」◎第4回「アオマツムシ」◎第5回「クマネズミ」◎第6回「ワカケホンセイインコ」◎第7回「チカイエカ」◎第8回「ヒヨドリ」◎第9回「メジロ」◎第10回「モンシロチョウ」◎第11回「アカミミガメ」◎第12回「ヒキガエル」◎第13回「アオスジアゲハ」◎第14回「ハシブトガラス」◎第15回「セイタカアワダチソウ」イトヒロの訃報に寄せて

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